横浜に映画ファンの思いが反映される映画館を作ろう!

 横浜キネマ倶楽部は、横浜で永年親しまれてきた映画館の相次ぐ閉館を惜しむ映画ファンが集まり、2005年5月発足し、「横浜に映画ファンの思いが反映される映画館をつくる」ことを目標に掲げて活動を続けています。

 当倶楽部の存在をより多くの皆様に知っていただき、映画館をつくる目標に一歩でも近づきたい、それと同時に、良質な映画を上映することで、映画ファンの交流の場を提供したい、という思いで年4回の上映会を行っています。

横浜キネマ倶楽部のスタッフ募集中!!

横浜市民とともに19年。映画好きが集まったグループです。
自分が観たい。又、他の人にもこんな良い作品を観て欲しいとできたのが当倶楽部。
是非、仲間になってください。

◎確認事項
 ・スタッフは、全員が無報酬の市民で構成されております。

  活動報酬などはありません。
 ・スタッフの経験、未経験は問いません。

  映画好き、こんな企画がしたいなど提案ある方どうぞ!
 ・例えば、もぎり(チケットの確認)1時間だけ手伝える方でも大歓迎です!

  ご関心のある方は下記までご連絡ください。

           ↓

  [email protected] 

 

<<横浜キネマ倶楽部 ニュース>>

2025年

7月

27日

第84回上映会 「さくら隊散る」

第84回上映会 2025年7月27日(日)

横浜市南公会堂

上映作品『さくら隊散る』

   終 戦 80 年 記 念 上 映 会

 

1945年8月6日 ヒロシマに幕を閉ざされた青春群像へ、

鎮魂をこめて、世界に問う、今日 そして明日のために。

1988年/日本/カラー/110分/DVD上映

出演:吉田将士 未来貴子 八神康子 川島聡互 竹井三恵 水野なつみ

証言:千田是也 杉村春子 宇野重吉 殿山泰司 長門裕之 小澤栄太郎

監督・脚本:新藤兼人 ナレーター:乙羽信子 プロデューサー:新藤次郎 

(C)近代映画協会 天恩山五百羅漢寺
(C)近代映画協会 天恩山五百羅漢寺

日時]2025年7月27日(日)

   映画上映 (1回のみ) :13時00分~14時50分(12時30分 開場)

   講演  新藤次郎さん(本作品のプロデューサー)15時00分~16時00分 

会場横浜市南公会堂 

          (市営地下鉄「阪東橋」駅 徒歩 約8分・京浜急行「黄金町」駅 徒歩 約14分)

 [入場料]前売1,000円/当日1,300円

          障がい者:1,000円 (介助者1名無料)

[チケットぴあ(Pコード:555-006)
   「セブン-イレブン」でチケットの発券ができます。購入は7月26日(土)迄。

 [プレイガイド]

   有隣堂伊勢佐木町本店       TEL 045-261-1231

   高橋書店(元町)         TEL 045-664-7371

   いづみ書房            TEL 045-241-1104

   シネマ・ジャック&ベティ(黄金町) TEL 045-243-9800

   横浜シネマリン(長者町)     TEL 045-341-3180

   岩間市民プラザ(天王町)     TEL 045-337-0011

[後援]横浜市教育委員会

主催・問合せ横浜キネマ倶楽部 080-2554-8023 (10~18時)

【作品紹介】

(C)近代映画協会 天恩山五百羅漢寺
(C)近代映画協会 天恩山五百羅漢寺

【解説】 

昭和二十七年「原爆の子」以来「第五福竜丸」(三十三年)「ドキュメント8・6」(五十二年)と、常に原爆の問題に積極的に取り組んで来た広島出身の新藤兼人が、江津萩枝著「櫻隊全滅」(未来社刊)に感動し、これを基に構成・演出する長編ドキュメントです。櫻隊は、第二次大戦下、新劇人達で組織された移動演劇隊の一つで、広島に巡演中、八月六日、爆心地近くで原爆の洗礼をうけ九人が非業の死を遂げました。隊長で新劇界の大スターと言われた丸山定夫、宝塚出身で「無法松の一生」にその華麗さを印象づけた園井恵子、将来嘱望された若い新劇人島木つや子、森下彰子、羽原京子、笠絅子、小室喜代、仲みどり、高山象三の九人の殉難者です。昭和二十七年、丸山定夫と深い関りのあった徳川夢声が中心になって五百羅漢寺の協力で九人の原爆殉難碑が、東京目黒五百羅漢寺に建立され、毎年「原爆忌の会」の集いを墓前で行われ、故人の冥福と平和への誓いを新にしています。毎年参加者も増え櫻隊の悲劇を超え、原爆を風化させないよう反核の祈りが高まっています。天恩山五百羅漢寺の協力を得て、近代映画協会と提携製作します。 

 

(C)近代映画協会 天恩山五百羅漢寺
(C)近代映画協会 天恩山五百羅漢寺

【演出ノート】

櫻隊は、昭和二十年八月六日、広島に原爆が投下された日にちょうどそこにいた。移動演劇隊中国支部の広島を拠点とし、山陰・山陽地方を巡演するのが櫻隊に課せられた任務だった。七月上旬から中旬にかけて、島根、鳥取の巡演を了えて広島に帰り、次の巡演を待機中に八月六日を迎えた。隊長は、丸山定夫、園井恵子、仲みどり、島木つや子、森下彰子、羽原京子、笠絅子、小室喜代、高山象三、の九名だった。八時十五分、原子爆弾は炸裂、数百万度の熱線が人を焼き、爆風がこっぱみじんに家を吹きとばし、放射能が人の体内にさしこんで内臓を破壊した。中国支部はとび散り、たたきつけられた。丸山定夫、園井恵子、高山象三、仲みどりは猛火の中から這い出して逃れたが五人の隊員は家と共にふっ飛び圧死した丸山定夫は厳島に逃れたが、八月六日に体が焼けるような高熱に悶えながら四十四歳の生涯を閉じた。園井恵子と高山象三は、六甲山麓の中井家に助けを求め、助かったとひと息つくひまもなく高山象三は二十日、四十度を越す高熱を出して水と求めつつ死去。二十歳の若さだった。園井恵子は、二十一日、同じく高熱にうなされ水を求めなたが、死去。三十一歳だった。仲みどりは、シーツ一枚をまとって東京にたどりついたが、不気味な無力感に陥り東大病院に駆けこんで二十四日、苦悶のうちに死去。三十六歳だった。いずれも、放射能によって体内臓器を破壊され、いわゆる原爆症を呈して死んだのであったが、それが原爆症であるとわかるのはのちのことであった。歯茎から出血、脱毛、血便血尿、異常な喉の乾き、とまらないしゃっくり、に苦しみながら死んでいった。原爆は一挙に広島全市を焼きつくしたのだが、無傷の人にも恐るべき放射能を忍びこませたのである。この映画は、櫻隊の殉難を忠実に記録するものである。原爆に命を奪われた九人の演劇人の鎮魂になればと願う。

 

第83回上映会「さくら隊散る」」チラシ 表
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第83回上映会「さくら隊散る」チラシ 裏
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映画『さくら隊散る』チラシ.pdf
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決定次第、掲載致します。